大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1114号 判決 1973年3月12日

控訴人

中本ミヨ

右訴訟代理人

小池貞夫

外五名

被控訴人

日産自動車株式会社

右代表者

川又克二

右訴訟代理人

橋本武人

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「原判決を取消す。控訴人が被控訴人(以下被控訴会社ともいう)に対し雇用契約上被控訴会社荻窪工場を就労場所とし同工場総務部施設課所属の従業員としての権利を有することを仮りに定める。被控訴人は控訴人に対し昭和四四年二月から同四九年一月まで毎月二五日限り金四万七三一八円を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。<後略>

理由

一控訴人が昭和二一年一月一五日富士産業株式会社(以下富士産業と略称する。)に雇用され同会社荻窪工場に勤務していたこと、昭和二五年七月富士精密工業株式会社(以下富士精密と略称する。)が富士産業から右荻窪工場を含む営業の一部譲渡を受けたこと、富士精密は昭和三六年二月その商号をプリンス自動車工業株式会社(以下プリンス自工と略称する。)と変更し、昭和四一年八月一日被控訴人(以下被控訴会社ともいう。)に吸収合併(以下本件合併という。)されたこと、控訴人が、被控訴会社においても本件合併後前記荻窪工場を職務場所とし、同工場総務部施設課所属の従業員として勤務していたことは当事者間に争いない。

二被控訴人は、昭和二四年一一月一二日企業整備に基づく人員整理により被控訴人は富士産業から解雇されたものであると主張し、控訴人もこれを認めるのであるが、控訴人が昭和二五年六月三〇日東京地方裁判所のなした仮処分決定により仮りに富士産業の従業員たる地位を保全されていたものであることも当事者間に争いのないところであり、被控訴人も控訴人を従業員として処遇しなければならない富士産業の右仮処分に基づく義務は、プリンス自工、被控訴会社において順次承継したことを争わないのであるから、本件においては、富士産業のなした前記解雇の効力については論及するを要しない。

三しかるところ、被控訴人が昭和四三年一二月二五日控訴人に対し、「控訴人は昭和四四年一月一四日をもつて、会社の就業規則第五七条により同月末日限り退職を命ずる」旨の通告(以下本件退職通告という。)をなし、昭和四四年二月一日以降控訴人を従業員として取扱わず就労を拒否していること、被控訴会社の就業規則第五七条第一項には従業員は男子満五五才、女子満五〇才をもつて定年とする旨定められているところ、控訴人が大正八年一月一五日生れの女子で昭和四四年一月一四日をもつて満五〇才に達するものであることは当事者間に争いない。

そして、右就業規則の条項は控訴人に適用されるべきではないと控訴人は主張し争いがあるので次項以下においてこの点の判断をする。

四控訴人は、まず、控訴人の定年については本件合併前においてプリンス自工とその従業員間の雇用関係を規律していたプリンス自工の就業規則第四五条による満五五才とされるべきであるという。

しかしながら、控訴人の定年についても、本件協約の効力により被控訴会社の就業規則が適用されるべきものと解するのが相当である。その理由は原判決説示の理由(原判決一一枚目裏五行目から一六枚目裏末行まで)と同一であるからこれを引用する。

五次に、控訴人は被控訴会社の就業規則第五七条第一項中女子の定年に関する部分は何ら合理的由に基づくことなく、専ら労働者の性別を理由とする差別であるから本件協約中女子定年に関する部分は民法第九〇条に違反し無効である、と主張する。

そして、本件協約が、本件合併期日において被控訴会社に吸収合併されるプリンス自工の従業員の労働条件その他の待遇に関する基準を合併時における被控訴会社の労働条件その他の待遇に関する基準に統一する方法として締結され、従業員の定年に関しては合併に伴う経過措置として昭和四〇年中に定年年令に達するものについては従来の慣行に基づく既得権を保障する措置がとられたが、その他については被控訴会社の基準によるものとされ、被控訴会社においては就業規則第五七条一項によつて女子の定年年令は男子のそれより低く満五〇才とされていたことは前示のとおりである。

ところで、定年年令についても右のように女子のそれを男子のそれより低くする取扱は、それが専ら女子であることのみを理由とする以外に他に合理的理由が認められないときは憲法第一四条の趣旨に反し公序良俗に反するものと解するのが相当であるところ、本件協約の目的、その締結経過は右のとおりであるから、被控訴会社の男女別定年制をそのまま本件合併時以後におけるプリンス自工の事業場においても採用することに合理的根拠があるものと認められない限り、本件協約中女子の定年年令に関する部分は専ら女子であることのみを理由とするものとして無効とすべきである。控訴人の前記主張は以上の見地に基づいて判断すべきである。

そこで、<証拠>を綜合すると

人間の生理的機能の年令的変化という点においては男女間に特別の差はないが、一般的にみて生理的機能水準自体は女子は男子に劣り、女子の五〇才のそれに匹敵する男子の年令は五二才位、女子五五才のそれに匹敵する男子の年令は七〇才位とみられていること、プリンス自工も被控訴会社も自動車製造を業とする企業であり、女子従業員は特に生産部門においては男子と同等の作業を要求し得ない分野があり、看護婦・電話交換手・タイピストなどの専門職種は別として庶務・人事・経理・設計等の部門でいわゆる一般事務に従事しているものが大部分であること、被控訴会社は年功序列型の賃金体系を採用しておる(プリンス自工も同様である)こと、

以上の事実がそれぞれ認められるのであつて、右事実からすれば、本件合併後におけるプリンス自工の事業場の従業員についても、被控訴会社の従前の従業員についてと同様に、女子従業員は一般的にいつて職場が男子のそれよりも狭く限定され、その職場での業務は入社後数年すれば習熟し、それ以上の勤続年数を重ねてもその企業への貢献度は男子従業員に比して向上せず、賃金と労働能率のアンバランスは男子従業員より早期に生ずるとみることができる。

してみれば、プリンス自工の従業員の待遇に関する基準を本件合併時における被控訴会社の従業員の待遇に関する基准に統一させることとし、その結果定年年令について男女の差別取扱いをすることとする本件協約か専ら女子であることのみを理由とするものではないというべきであるから、控訴人の主張は採用できない。

控訴人は、生理的機能の優劣に関係がなく女子や高年令者に不向きではない職種・職場が被控訴会社には多数あり、控訴人自身そのような職種・職場で業務に従事してきたと主張し、前記のごとき事情は合理的理由を認める根拠にはならないというのであるが、どのような職種・職場にどのような従業員を雇用し、配置するかに使用者の事業経営方針によつて定められるべきものであつて、被控訴会社のような重工業を営む会社において使用者の経営方針に従つた雇用配置をするときは(その巧拙はともかく)、前述のごとき女子従業員に対する評価が一般的になされ得る以上、これを理由とする男女の差別取扱が合理的根拠を欠く公序良俗に反するものということはできない。また、控訴人は男女の賃金には格差があり、女子従業員の労働能率と賃金のアンバランスは男子のそれより早期に生ずることはないという。<証拠>によると、被控訴会社の賃金支給の現実は従業員の勤続年数が同等なのに賃金の上昇という面では女子は男子より一般に劣つていることが窺われるのであるが、このことから、昇給額決定の諸条件が性別を除いてすべて同一である場合にもなおかつ格差があるものと速断することはできず前記判断の妨げとするに足りない。

次に、控訴人は定年年令に関し男女を差別する取扱いをすることを必要とする事態が生じたとしても、それは被控訴会社が自ら招いたもので、このことを理由とする差別取扱は信義則に反するという。しかしながら、差別取扱の必要の有無は経営の実態に即して判断せられるべきものであつて、他の経営方針をとることにより避け得るものであるかどうかまでも判断すべきものではないから被控訴会社の経営の実態が異常のものでない限り、控訴人の所論は採用できない。

六次に控訴人は本件解雇は解雇権の乱用として無効であると主張する。

しかしながら本件協約を無効とすべき理由はなく、その効力が協約当事者たる労働組合に属しない控訴人にも及ぼされる以上控訴人主張の事情あるの故をもつて解雇権の乱用というに該らないからこの点の控訴人の主張も採用できない。

七してみれば、控訴人が満五〇才に達した月の末日である昭和四四年一月三一日をもつて控訴人と被控訴人間においては雇用関係は(保全処分により保全されたものも含めて)すべて終了したものというべきであり、したがつて被保全権利の疏明なきに帰し、保証をもつて疏明に代えることは相当でない。よつてこれと同趣旨において控訴人の本件申請を棄却した原判決は相当であり控訴人の本件控訴は理由がないから棄却し、民事訴訟法第八九条により控訴費用は控訴人の負担とし、主文のとおり判決する。

(谷口茂栄 綿引末男 宍戸清七)

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